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Posted by 京つう運営事務局 at

2007年10月23日

時代祭と京都人

祭日和の秋晴れの中、行なわれた時代祭。

1895年に平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建され、
その記念行事として行なわれたのが時代祭。
最初はたったの6列で、日程も10月25日だったのが
あくる年から桓武天皇の車駕が新都に入った日とされる22日に変更、
徐々に列数を増やして、今年は20列。(web版京都新聞参照)

平安神宮が創建された1895年は明治28年。

天皇が遷都をせずに東京に行かれてから28年間、
京都人は明治政府に早く天皇を京都に戻せと抗議していたに違いありません。

明治政府は京都をなだめるために、
桓武天皇を祭神とした平安神宮を造るだけでなく
明治30年に博物館も建ててます。

平安神宮創建を記念した祭といっても
新しい祭だから歴史はない。
だからテレビの歴史番組のダイジェスト版みたいに
京の歴史を再現した仮装行列をやったってことよね。

京都だからこそできた企画だと思うけど
このプロデュースはすごい。
人物はもちろん、本物じゃないけど
衣装や小道具大道具は本格的。
歴史上の人物が目の前にいるような気もしたりして、
これぞお祭り騒ぎ感覚で気楽に楽しんで見られます。

ただ、とにかく行列が長いから全部見るだけでも約2時間。
肩の力を抜いてないと途中でバテちゃうよ~。

下の写真でも数分の一…。










ちなみに、京都人から見れば、
遷都をしてないんだから平成の今でも、
「天皇さんは東京に旅行に行ったはる」
ことになりますな…。  
タグ :京都観光


Posted by ねこた at 11:57Comments(0)■京都あっちこっち

2007年10月21日

石坂線文化祭

土曜日、
たまたま向かった京阪坂本駅。
駅に近づくにつれ聞こえてくる
ブラスバンドの音♪

どこかの学校が練習したはるんかな
と思いきや、
駅前でブラバンの演奏&人だかり。

何事かわからずに写真撮れず…。

駅の人に聞いてみたところ
石坂線文化祭」というのを
2005年からやってるんだそうです。

石坂線を走る列車を美術館に見立て
車内に絵や書道など文化作品を展示するというもの。
列車のほかに、
各駅にも何らかの展示があるそうです。

坂本駅でのブラスバンドの演奏は、
オープニングセレモニーの一環だった模様。

11月11日(日)までやってるので
興味のある方は京阪石坂線に乗車すべしっ。
運が良ければ、展示列車に乗れます。
500円で京阪山科から石坂線全部が一日乗り放題の切符もあるのよ~♪
(ちなみに京都市地下鉄乗り放題とセットの1000円切符もあります。)

それにしても、
石坂線のデザイン車両って一体何種類あるんやろー?

「いしさかせん」と違ごて、「いしざかせん」やってんや…。  


Posted by ねこた at 12:10Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

名残惜しむ 大津祭











辻回しは祇園祭みたいに濡らした竹の上を滑らすのではなく、
車を持ち上げて回します。
上手な曳山だと一度でかなり角度回ります。
持ち上げる人に若者が少ないのは
経験が必要なのと、最近の若者に非力な人が多いからかも。


曳山は小さくても狭い道なら迫力満点っ。
  


Posted by ねこた at 16:05Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

郭巨山 大津祭2007 曳山巡行

十二番くじは、「郭巨山」(かっきょやま) 通称 釜堀山。元禄6年(1693年)

中国24孝の一人郭巨は、家が貧しく老母を養うのがやっとであった。子供が生まれたが、老母は自分の食を減らして孫に与えねばならなかった。
「子供は又得られる。母は再び得ることはできない」郭巨は妻と相談し、子供を土中に埋めようと穴を掘ったとき、そこから黄金の釜が出てきたという故事による。

所望は、郭巨がくわで穴を掘り黄金の釜を出すところ。
釜のふたが開いてるのわかります?































参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 14:26Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

龍門滝山 大津祭2007 曳山巡行

十一番くじは、「龍門滝山」(りゅうもんたきやま) 通称 鯉山。
享保2年(1717年)

黄河の上流の龍門山の滝はどんな魚でも上がれないが、もし上がれる魚があれば、直ちに昇天して龍になるという故事にちなむ。
登竜門という語もここから出た。

所望は、龍門の滝を鯉が踊り上がるところ。
写ってないけど、ヒレやしっぽも動いて、最後は滝を上りきって見えなくなります。































参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 13:00Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

猩々山 大津祭2007 曳山巡行

十番くじは、「猩々山」(しょうじょうやま)
寛永14年(1637年)

能楽の「猩々」から考案したもの。
むかし唐の国に住む高嵐という親孝行なものが、ある夜、夢に「揚子の町に出て酒を売れ」と教えられ売っていたら、海中に住む猩々から酌めども尽きず、飲めども味の変わらない酒の壷を与えられたという。

所望は、高嵐の酌で猩々が大壷で酒を飲むところ。
柄杓しか見えません…。































参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 11:29Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

西王母山 大津祭2007 曳山巡行

九番くじは、「西王母山」(せいおうぼざん) 通称 桃山。
明暦2年(1656年)

西王母が天女とともに舞い下がり、君に桃のみを捧げ長寿を賀した。
この桃は3000年に一度花が咲き、一個しか実がならない尊いものであった。
この話に、桃太郎の説話を加味したものと言われている。

所望は、桃が二つに割れその中から童子が生まれる。































参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 10:04Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

西宮蛭子山 大津祭2007 曳山巡行

八番くじは、「西宮蛭子山」(にしのみやえびすやま) 通称 鯛釣山。
万治元年(1658年)
延宝年間以前の名前は「宇治橋姫山」。

古くからの西宮の蛭子を出して飾り、祀っていたが、後に曳山に乗せるようになった。

所望は、えびすさんが鯛を釣り上げます。
鯛見えません…。































参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 08:30Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

石橋山 大津祭2007 曳山巡行

七番くじは、「石橋山」(しゃっきょうざん)
宝永2年(1705年)
延享年間までは鞠猿山。

謡曲の石橋に基づいたもの。
大江定基入道寂昭が宋の国に渡り、天呂山に入って険しい石の端を渡ろうとしたとき、獅子が現れて牡丹の花に舞い戯れるのを見た。

所望は、岩石の中から唐獅子が出てきて牡丹の花に戯れ遊び、また岩の中に隠れる。































参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 07:07Comments(0)■大津のお祭りさわぎ

2007年10月09日

孔明祈水山 大津祭2007 曳山巡行

六番くじは、「孔明祈水山」(こうめいきすいざん) 通称 祈水山。
元禄7年(1694年)
万延元年までの名前は福聚山。

蜀の諸葛孔明が、魏の曽操と戦ったとき、流れる水を見て「敵の大軍を押し流してください」と水神に祈り、大勝した故事による。

所望は、孔明が扇を開いて水を招くと、水が湧き上がり流れる。
下のほうに一応見えるのが水。




























参照流用:NPO大津祭曳山連盟 http://www.otsu-matsuri.jp/ 作成パンフレット
  


Posted by ねこた at 00:01Comments(0)■大津のお祭りさわぎ